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   06/08にてコラージュ企画 『ロマンアッサンブラージュ』を公開いたしました。企画主の枯 個々です。   マシュマロ  匿名メッセージを置かせてください。よろしければ作品へのご感想をお伝えくだされば幸いです。また作家さま個人へのメッセージであれば、その作家さまの名前を記載していただければ私からその作家さまに転載させていただきます。  どうぞよろしくお願いいたします。  枯 個々

『シンバル・レイン』一倉エマ

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       一面に広がる、どんよりと暗い灰色の雲。   作業用の黒いエプロンが、全身を叩きつける雨にぐちゃぐちゃに塗りつぶされていく。  髪も、頬も、肩も重くて仕方がない。  よろめきそうになる足に力を入れるのがやっとだ。   『神さまが喜んでいる時は雨が降るんだよ』  小さい頃、どこかで聞いた言葉に心の中で舌打ちをする。  こんなひどい状態のわたしを、神さまは喜んでいるんだろうか。  だとしたら、とんだ神さまだ。  どうしてわたしばっかり。  残った力を振り絞り、片足で地面を蹴り上げる。  バシャリと音を立てながら跳ねた雨水は、そばにあったクリーム色の外壁をところどころ灰色に塗り替えた。 「なにしてんの?」  後ろから声をかけられ、ドキリと鼓動が高鳴る。  振り返ると仕事帰りっぽいスーツ姿の女の人が、傘を差しながらスマホを耳にあてている姿が視界に入った。 「今ひま? 飲みに行かない? いいじゃん行こうよ〜」  どうやら通話中らしい。  わたしに話かけてきたのかと思った。  女の人が楽しそうに話す様子を、閑散とした路地の端でぼんやりと眺める。 「は? 経済ニュースなんか見てないよ、なんのこと? え、そんなイケメンが出てんの。やば、見なくちゃ」    いいなぁ。わたしも普通の会社に勤めて、普通の生活がしてみたかった――そう思ったところで、ぶんぶんと首を振る。  後ろで一つにくくっていた髪先からしずくが跳ねると、目の前を通りすぎていく女の人が迷惑そうに眉を寄せた。 「すみません」と謝ったけど、情けないくらい震えた声はきっと彼女の耳には届いていないだろう。  もう二度と会うことなんかないだろうし、いちいち気にしなくてもいいかと吐息が漏れる。  徐々に遠くなる女の人の背中を見送った後、ずぶ濡れのアスファルトだけがその場に残った。  足元では、水たまりが雨に揺れている。   灰色に染まった、知らない街。  もう誰の話し声も聞こえない。 ――ひとりになれた。    ようやく緊張がほどけ、膝を抱える。  わたしのむせび泣く声は、ライオンがうなるような雷の音にかき消された。  道路にしゃがみ込んで泣き叫ぶなんて子どもみたいだ。  いい大人がすることじゃないとわかっているのに、やめられなかった。  今だけは許してほしい。  誰も知らない場所でしか泣け...

『寄生虫』 青園了

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   母の卵子が寄生虫みたいに、知らぬ誰かの胎内で生きていたらしい。  死ぬ直前に母が言った。 「あなたを産む前に、知らぬ誰かに卵子を提供しました。この世界にはたったひとり、あなたのきょうだいがいます」  卵子提供プログラムというものがあるそうだ。  不妊治療の一種で、母体の卵子を使用できないカップルのために、第三者がドナーとなって卵子を提供することができるらしい。提供された卵子は体外受精を経て、母体の膣から子宮に培養胚を移植する。  母は卵子提供のドナーとなり、知らぬ誰かに卵子を提供した。母の卵子は知らぬ男の精子と培養液のなかで出会った。そうして母の卵子は、知らぬ誰かの胎内でひとりのにんげんになったのだ。  父と母のもとで、たったひとりの子どもとして生きてきたわたしには、きょうだいがいるらしい。母が残した遺伝子が、 80 億分の 1 の確率で、この世界に紛れている。その事実のみを残して、母の骸は燃え殻となった。  見つけなければ、と思った。  お金をかけて、母の遺伝子の足跡を追う。人探しを雇った。年齢は、職業は、家族は、そんなことをひとつずつ、丁寧に調べさせた。  やがて、ひとりのおとこにたどり着いた。  わたしは、あなたを見つけた。  都会の喧騒に紛れるように、ひっそりと生きているあなたを、見つけたのだ。  狭くて暗いバーで、あなたははじめて会ったわたしを、懐かしむような視線で射抜いた。心臓がふるえる。兄に会えた喜びとはまた違う。緊張ともまた違う。家族愛というには甘すぎる感傷は、ひとめぼれ、という陳腐な言葉でラベリングするのが一番しっくりときた。  彼はとても母に似ていた。まるい瞳も、艶やかな髪の毛も、あまい匂いすらも、母の屍によく似ていた。  わたしは偶然を装うように、あなたに近づいた。あなたは来るもの拒まずといった様子で、快くわたしを隣に置いてくれた。 「きみは、ぼくと同じ眼をしているね」  何も知らないあなたはそう言って、わたしの手を握る。事実を知らせる隙すらも与えられないままに、彼はわたしを性的な目で見ていた。たった一夜を共に過ごす対象として見られていた。  遺伝子を共有するわたしたちは、妙に波長が合った。知らぬ間に話は弾み、お酒の力も借りて、わたしたちは順当に堕ちていった。  彼には両親がいないらしい。幼少期に事故で父母を亡くして、そこからは施...

『白き、燃ゆ』 伊月素乃

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   有り余るほどの狂気的な愛を、抱え切れなくなっただけ。    真っ白い床まで足をのばすボイルレースカーテンにより作り出されたやわい光がベッドをあたためる。ゆらゆらと風に遊ばれるレースの向こうには不釣り合いな冷たい鉄鋼柵。その奥には露出の高い眩いほどに青い空がすべてを見下ろし包みこむ。  一本脚の白い丸テーブルの上には今朝読んでいたであろうペーパーが置き去りになっていて、当人は暇でもしていたのかそのペーパーで作られたカタチあるものがいくつか。  ふわ、と欠伸をして両腕をのばす。どこを見渡しても白、白、白。この部屋にあるほとんどが白で、私が身に纏う洋服も白。清純派アイドルが出すファースト写真集で必ず着用されていそうなやわらかい素材のノースリーブワンピースだ。  ここは異様なまでに白い空間。けれどその中で唯一許された赤。私の爪に塗られた真っ赤なマニキュア、扉のすぐ横にある真っ赤なダイヤルフォン、ロシアンクッキーにはよく煮詰めたストロベリージャムを。もちろんその二色だけでこの空間は出来ていない。けれど私には白と赤にすべてを支配されているように感じられる。  キッチンから微かに漂うコーヒー豆の匂い。細口タイプのコーヒーポットを〝の〟の字に描き、ゆっくりと注がれる光景はあまりに優しくて優雅だ。こぽ、とふんわり立ちあがる粉。抽出される黒い液体を見ているには焦ったい。だけれどそれはゆとりある象徴。コーヒー豆の香りから背景にある一連の動作を。そしてあたたかな一日を連想させる。  ──ことができたなら、今日も私は起きた瞬間に恋しく窓の外を見つめたりはしない。またしてもなんてことなく始まっている世界に辟易する。   「アル。起きた」  ベッドから声を発っせば、まるい曲線を描いたアーチ壁から白髪に近い銀髪の男が顔を覗かせた。片手に白いマグカップを持ち、湯気を上に向かって揺らしている。 「なんだ。あんまり起きないから死んだと思ったのに」 「〝いい夢見られましたかお嬢さま〟くらい言ってよ」 「〝悪い夢にうなされてくれよお嬢さま〟」 「もう。ひどい」  ぷくりと頬を膨らます。アルはそんな私に向かって「可愛くないですよお嬢さま」とまた余計な言葉をふっかける。  ちなみに私はお嬢さまと呼ばれるほどの家庭では育っていない。実家が多少裕福である程度。そして本来であれば偏差値が中位の都内にある...